関税については総じて株式市場が懸念していたよりも緩やかになりそうだとしても、今後は世界の市場の価格変動性を高めると考えられる。価格変動をヘッジする需要が高まれば、CMEグループ<CME>やCBOEグローバル・マーケッツ(CBOE)などデリバティブ主体の大手取引所の収益への追い風になりそうだ。
それでも、米国への製造業回帰の道筋を示した点は、工場の建設に伴うインフラ工事など様々な需要に繋がる。また、サウジアラビアとOPECに原油価格の引き下げを求めたほか、米FRB(連邦準備制度理事会)に対し、原油価格が下落した場合に利下げを要求する考えも示した。製造業誘致にはドル安が有利だ。今後の米国株市場の見通しを探る上ではトランプ政権の目指す経済・金融政策の骨格に「原油安、低金利、ドル安への誘導」があることを念頭に置くべきだろう。
それに加え、トランプ大統領は日本のソフトバンクグループ <9984> やオラクル<ORCL>など3社が共同事業を立ち上げ、米国でのAI(人工知能)開発に5000億USDを投資する「スターゲート」計画を発表。マイクロソフト<MSFT>がAIデータセンターに800億USD、メタ・プラットフォームズ<META>も2025年のAI投資に最大650億USDを投資すると発表。データセンターには、①災害に耐える建築構造、②非常時の電力供給設備、③サーバを格納するラック、④防火・空調設備、⑤万全のセキュリティ設備、⑥通信ネットワークの冗長性などが求められる。半導体銘柄よりもこれらに関連する銘柄で割安感もあるものへの投資が検討に値するだろう。
肥大化した企業グループを再編するため、あるいはハイリスクな事業を独立させたい場合に「スピンオフ」による事業再編が行われる場合がある。新設分割によって事業の一部を切り離したり、子会社を現物配当によって切り離すことが行われる。スピンオフによって切り離された会社の株式は元の会社の株主に分配される。「スピンアウト」も同様に会社の特定の事業部門を切り離して完全に独立させることを指すが、スピンオフとの違いは新会社立ち上げ後に「親会社との資本関係が継続するか否か」にある。米国上位企業からスピンオフして上場後3年以内の銘柄から構成される「ブルームバーグ米国スピンオフ指数」は昨年3月末を起点とすると、今年1/21終値でS&P500指数の4倍の上昇率に達する。
■米国株はスピンオフ銘柄に好機〜「トランプ2.0相場」に左右されにくい面も
米国市場でスピンオフへの注目が高まっている。旧ゼネラル・エレクトリックから昨年4月にスピンオフしたGEベルノバ<GEV>の株価は目覚ましい上昇を示し、同銘柄がウェートの約3割を占めるブルームバーグ米国スピンオフ指数も昨年はS&P500指数を大きくアウトパフォームした。
スピンオフは、特定の事業や完全子会社を切り出して独立し、新会社として立ち上げる事業再編手法の一つ。新企業と元の企業との資本関係が切れることなく継続し、スピンオフによって切り離された会社の株式は元の会社の株主に分配される。トランプ政権の政策を巡る思惑で米国株式市場の変動性が高まりやすい中で、マクロ環境に影響されることなく企業価値が高まるかどうかに焦点を絞り、スピンオフ銘柄に注目することは有効だろう。
参考銘柄
アメンタム・ホールディングス<AMTM> 市場:NYSE・・・2025/2/5に2025/9期1Q(10-12月)の決算発表を予定
・2024年9月にジェイコブズ・ソリューションズ<J>からクリティカル・ミッション・ソリューションズ事業とダイバージェント・ソリューションズ事業の一部、およびサイバー&インテリジェンス事業がスピンオフ。
・12/16発表の2024/9期4Q(7-9月)は、売上高が前年同期比3.5%増の22.12億USD、非GAAPの調整後EPSが同20.3%減の0.47USD。通期はスピンオフに伴うジェイコブズ事業統合の効果もあり売上高が前期比6.6%増の83.88億USD、調整後EPSが同8.1%増の2.01USD。9月末受注残は同68%増加。
・2025/9通期会社計画は、売上高が前期比65-69%増の138-142億USD(スピンオフに伴う事業統合の影響を除くベースでは1%減-2%増)、調整後EPSが同1%減-10%増の2.0-2.2USD。ジェイコブズのクリティカル・ミッション・ソリューションズ事業とサイバー&インテリジェンスの政府向けサービス事業が分離されて旧アメンタムの事業が統合されたことによるシナジー効果の加速が見込まれる。
ベルリング・ブランズ<BRBR> 市場:NYSE・・・2025/2/3に2025/9期1Q(10-12月)の決算発表を予定
・2022年3月にポスト社からスピンオフ。プロテインなど健康食品をPremier ProteinやDymatizeなどのブランドで事業展開。売上高の6割強をコストコ<COST>とウォルマート<WMT>の2社が占める。
・11/18発表の2024/9期4Q(7-9月)は、売上高が前年同期比17.6%増の5.55億USD、非GAAPの調整後EPSが同24.4%増の0.51USD。Premier Proteinが20%増収、Dymatizeが4%増収。それぞれ販売量が増加の一方で、販売価格はPremier Proteinが1%上昇に対してDymatizeが3%下落した。
・2025/9通期会社計画は、売上高が前期比12-16%増の22.4-23.2億USD、調整後EBITDAが同5-11%増の4.6-4.9億USD。すぐ飲めるプロテインシェイク、スナックバータイプなどを含み、グルテンフリーのPremier Proteinが業績を牽引。健康志向の高まりを背景に栄養補助食品市場が拡大を続ける見通しの中で、上位2社にアマゾンを加えた3社で売上の7割を占める販路の強さも注目される。
イーエスエービー<ESAB> 市場:NASDAQ・・・2025/2/20に2024/12期4Q(10-12月)の決算発表を予定
・2022年4月にコルファックス社からスピンオフ。溶接や切断に用いる機器、消耗品、ガス制御機器、およびロボティクスの開発・製造・供給からデジタルソリューション・サービスの提供まで事業を展開。
・10/29発表の2024/12期3Q(7-9月)は、売上高が前年同期比1.1%減の6.73億USD、非GAAPの調整後コアEPS(継続事業ベース・構造改革費用控除後)が同15.7%増の1.25USD。米州が5.6%減収の一方、欧州・中東・アフリカ&アジア・太平洋が2.5%増収と堅調。粗利益率が同1.0ポイント上昇。
・通期会社計画を上方修正。中核事業に関するコア売上高を前期比▲1.5-▲0.5%(従来計画▲2.5-▲0.5%)、調整後コアEPSを同8-11%増の4.80-4.95USD(同4.75-4.95USD)とした。米州が落ち込む中でも1-9月期の営業キャッシュフローが前年同期比9.7%増と底堅さを示す。それに加え、トランプ政権が関税により米国内へ製造業を呼び込む政策を推進。業績への追い風になると見込まれる。
GEヘルスケア・テクノロジーズ<GEHC> 市場:NASDAQ・・・2025/2/13に2025/12期1Q(1-3月)の決算発表を予定
・2023年初にゼネラル・エレクトリック<GE>からスピンオフされた医療機器メーカー。イメージング(医療画像診断装置)、超音波、患者ケアソリューション、診断薬(造影剤等)の4事業セグメントを営む。
・10/30発表の2024/12期3Q(7-9月)は、売上高が前年同期比0.9%増の48.63億USD、非GAAPの調整後EPSが同15.2%増の1.14USD。新規受注高は同1%増、対売上高比率が同0.01ポイント上昇の1.04倍。また、粗利益率が同1.5ポイント上昇、継続企業からの営業キャッシュフローが同14%増加。
・通期会社計画は、調整後EPSを前期比8-11%増の4.25-4.35USD(従来計画4.20-4.35USD)とレンジ下限を上方修正。既存事業の増収率は中国市場の軟化を織り込んで同1-2%と従来計画を据え置いた。同社は画像診断支援など医療分野へのAI(人工知能)の導入で先行。自社で画像診断支援AIを開発のほか同社のAI開発基盤「Edison Platform」を他社に開放してAI開発支援も展開している。
ナイフ・リバー<KNF> 市場:NYSE・・・2025/2/14に2025/12期4Q(10-12月)の決算発表を予定
・MDUリソーシズ・グループ<MDU>から2023年1月にスピンオフ。骨材をベースに、生コンクリートやアスファルトを含む建設資材、および請負サービスの垂直統合による製品・サービスを提供。
・2024/12期3Q(7-9月)は、前年同期比1.4%増の11.05億USD、非GAAPの調整後EBITDAマージンが同0.5ポイント低下の22.2%。セグメント別売上高では、請負サービス業が同4.2%増の5.59億USDと堅調の一方、骨材、生コン、アスファルト(液体を含む)はそれぞれ価格上昇も数量減により減収。
・通期会社計画は、売上高を前期比2-5%増の28.5-29.5億USD(従来計画28.0-30.0億USD)とレンジを狭くしたのに対し、調整後EBITDAを同3-8%増の4.45-4.65億USD(同4.45-4.85億USD)へ上限を下方修正。1/7以降、米ロサンゼルスとその周辺で大規模な山火事が発生。トランプ大統領が被害地域を視察し復興支援を表明するなど、セメント等に関連した復興需要の高まりが期待される。
ベラルト<VLTO> 市場:NYSE・・・2025/2/4に2024/12期4Q(10-12月)の決算発表を予定
・生命科学・バイオ技術・診断薬大手のダナハー<DHR>から2023年9月にスピンオフ。公共事業・食品飲料・製薬・工業等の分野向けに、資源を監視・保護する技術ソリューションを提供する。
・10/23発表の2024/12期3Q(7-9月)は、非GAAPの継続事業からのコア売上高が前期比4.6%増の13.14億USD(従来計画1桁台前半〜半ばの伸び率)、調整後EPSが同18.7%増の0.89USD(従来計画0.82-0.86USD)。クリーンな水、安全な食べ物に対するグローバルな需要増加が追い風となった。
・通期会社計画を上方修正。調整後EPSを前期比8-9%増の3.44-3.48USD(従来計画3.37-3.45USD)とした。コア売上高の伸び率は1桁台前半と従来計画を据え置いた。同社事業は水質(WQ)と製品品質・イノベーション(PQI)の2つのセグメントから構成される。3Q売上比率61%のWQ事業は前年同期比3.6%増収、同39%のPQI事業は6.3%増収。それぞれが販売数量増と販売価格上昇を両立。
執筆日:2025年1月27日
(公益社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員、国際公認投資アナリスト)
当資料は、情報提供を目的としており、金融商品に係る売買を勧誘するものではありません。フィリップ証券は、レポートを提供している証券会社との契約に基づき対価を得る場合があります。当資料に記載されている内容は投資判断の参考として筆者の見解をお伝えするもので、内容の正確性、完全性を保証するものではありません。投資に関する最終決定は、お客様ご自身の判断でなさるようお願いいたします。また、当資料の一部または全てを利用することにより生じたいかなる損失・損害についても責任を負いません。当資料の一切の権利はフィリップ証券株式会社に帰属しており、無断で複製、転送、転載を禁じます。
<日本証券業協会自主規制規則「アナリスト・レポートの取扱い等に関する規則 平14.1.25」に基づく告知事項>
・ 本レポートの作成者であるアナリストと対象会社との間に重大な利益相反関係はありません。
※フィリップ証券より提供されたレポートを掲載しています。