●気迷い趨勢、かえって期待できる
日経平均株価は2024年前半に27%と急騰したが、8月には植田ショックで3日間で20%もの急落を記録した。その後は、3万8000円から4万円のレンジ内での気迷い相場が続き、一時的に高まった長期上昇期待は剥落した。しかし、人々が警戒的だからこそ、むしろ展望は明るいのではないか。
米国では経済成長優先、高株価志向の強いトランプ氏の第二期米大統領就任に期待が高まっている。2017年減税の継続や法人税減税に加えて、エルネギー増産と規制緩和で企業は一段と儲けやすくなるだろう。景気が減速せず高金利が続くことを警戒する向きもあるが、ファンダメンタルズの強さは、むしろ一段の米国株価上昇をもたらすだろう。
●日本景気の好循環が見えてきた
2025年に特に注目されるのは、日本株式であろう。日経平均株価は25%高の5万円が視野に入ってくると思われる。1ドル=150円台の円安が定着し、デフレ完全脱却が見えてきた。長期低落してきた日本の潜在成長率が、これから上昇に転ずる可能性が高い。5%近い高賃上げの継続で消費が上向く。設備投資とマンションブーム、ホテルブームで建設業が久しぶりに活況を呈している。外国人観光客の急増が津々浦々の地方経済を潤している。中国に見切りをつけた企業の日本回帰や、海外企業の対日投資は台湾積体電路製造(TSMC)<TSM>の熊本工場やラピダスの千歳市の先端半導体工場建設に続き、本格化していくだろう。
●真打ち登場、企業による自社株買い
こうした好環境の下で、企業の自社株買いの大ブームが起こった。東証データによる法人の株式購入(その大半は自社株買い)は2022年12.6兆円、23年14.3兆円、24年21.6兆円と急増しており、25年には30兆円に迫っていくと予想される。この間に持ち合い解消売り、時価発行増資による法人売りも増加し、自社株買いのインパクトが希薄化されたが、今後、法人売りは減少していき、ネットの法人買いが増加テンポを速めていくだろう。このスケールでの自社株買いは日本株の株式需給を根本的に改善していくと思われる。
ちなみに2023年以降の日本株ブームを主導した外国人の買いは先物、現物合わせて8兆円であったが、昨秋の乱高下場面で外国人は7兆円を売却してしまった。この外国人売りにもかかわらず日本株が高値圏を維持できたのは、企業の旺盛な自社株買いが続いたからである。
●米国株高の主役は自社株買い
実は自社株買いは、米国経済成長と米国株高の陰の主役であった。米国株式はリーマン・ショック後のボトムから15年間で8倍(年率15%)の急上昇を遂げ、家計の純資産を59兆ドルから164兆ドルへと100兆ドル(=GDP比3.6倍)押し上げ、米国の旺盛な消費を牽引してきた。では、誰が株価を押し上げたかと言うと、そのほぼすべてが自社株買いであった。この間、企業は累計で5.4兆ドルを購入し、年金・保険の巨額の売りを吸収し続けたのである。
●企業余剰を株主還元によって還流させる「株式資本主義」
AI(人工知能)革命など歴史的技術発展の時代に、企業収益が高まり、企業部門に過剰利益が蓄積されている。この企業利益を経済システムに還流させる上で、自社株買いが大きな役割を果たしてきたのである。この資金の流れは、株式市場を通じてベンチャーに巨額の投資資金が集まるエコシステムを作り上げ、米国ハイテク技術制覇の原動力にもなった。
まさしく米国では株式市場が企業の利益還元を通して、資源配分を采配する「株式資本主義」の時代に入っている。そして、トランプ次期政権はバイデン・ハリス氏の民主党路線と異なり、「株式資本主義」を政策プラットフォームとして強化しようとしている。
では、そのような「株式資本主義」がいつ何によって起こったかと言うと、それは1980〜90年代の米国の企業買収ブームであった。買収のターゲットとならないように、企業は余剰資金を自社株買いや配当で株主に還元し、株価を押し上げ、資本の効率性を高める努力を続けたのである。1988年のKKR<KKR>によるRJRナビスコ買収に象徴される米国の買収ブームは、「野蛮な来訪者(Barbarians at the Gate)」という小説や映画となり一時代を画したが、それが今の繁栄の土台となった。
●企業買収と自社株買いブームが起き始めた
いまの日本に同様の動きが起きている。東証・金融庁によるPBR1倍以下の企業への是正要求、日本経済新聞「私の履歴書」へのKKR共同創業者ヘンリー・クラビス氏(30年前は米国でも野蛮人と言われていた)の登場など、日本の政策と企業社会はM&A受容へと驚くばかりの姿勢変化を見せた。
カナダ企業であるアリマンタシォン・クシュタール(ACT)によるセブン&アイ・ホールディングス <3382> [東証P]の買収提案は、資本の効率性をないがしろにし、低株価を放置してきた日本の株式市場に大きく活を入れるものになった。日産自動車 <7201> [東証P]・ホンダ <7267> [東証P]の経営統合も、台湾電機大手の鴻海(ホンハイ)精密工業による日産買収の意向が伏線となっている。また、ニデック <6594> [東証P]が工作機械の老舗である牧野フライス製作所 <6135> [東証P]に対するTOB(株式公開買い付け)を発表したが、ニデック創業者の永守氏は「中国の脅威の前に時間はかけられない」との弁を述べた。
時価総額45兆円の日本最大企業のトヨタ自動車 <7203> [東証P]ですら買収のターゲットになり得る。販売台数ではトヨタの6分1のテスラ<TSLA>は、株式時価総額では1.38兆ドル(210兆円)とトヨタの4.7倍の規模にあり、M&Aの餌食になりかねない。先月末にトヨタが現在11%であるROE(自己資本利益率)を20%に引き上げると報じられて市場を驚かせたが、巨額のキャッシュを抱えて安閑としてはいられなくなったのである。日本経済新聞(2024年12月25日付)は、トヨタは「自社株買いを積極化しており、9月には25年4月までの取得枠の上限を1兆2000億円と従来から2割引き上げた。配当も安定的に増やす方針で、前期の配当総額は1兆円を超えた。配当と自社株買いを合わせた総還元性向は今期に5割を超す可能性がある」と伝えている。
このようにして日本は米国で確立した「株式資本主義」に急速にシフトし、一大自社株買いブームが起き始めている。フィナンシャル・タイムズ(FT)による株式数を年間1%以上減少させた企業の割合(MSCI対象企業)を見ると、ここ3年間の日本企業の増加が際立っているが、顕著な変化はむしろこれからであろう。
日本株式は株式益回り6%、国債利回り1%と国債に比して著しく割安であるが、その割安さは企業による自社株買いと配当増による株主還元によって、是正されていくだろう。そして、この株高はNISA(少額投資非課税制度)を通して資産運用を高め始めた家計、いったん購入した日本株を売り切った外国人、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に準じて積極運用を政府から求められている公的年金基金など、多くの投資主体の日本株買い意欲を高めざるを得ない。
懸念は日銀の前倒しの利上げと、財務省による増税路線の顕在化である。2022年の岸田ショック、2024年の植田ショックのように性急な引き締め路線が株価の上値を抑えることが度々起きるかもしれない。
(2025年1月20日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン372号」を転載)