武者陵司「7月18日のワシントン・北京二都物語」

―米中対立の下、習近平氏は何故悪手を連発するのか―

米中対立が先鋭化し、世界情勢は楕円の二つの極、ワシントンと北京の二つの政治指導力を軸に展開し始めたように見える。先週の二大国の政治イベントにおいては両国ともに対立関係を前提として政策論が打ち出された。

●「トランプ主義」の下に結束する趨勢の米国

米国では7月18日まで共和党大会が開催され、直前の暗殺未遂から立ち上がったトランプ氏が熱狂的に次期大統領候補に選出された。民主党内では老齢化を否定しがたく、公開討論で劣勢に立ったバイデン大統領の候補引き下げの動きが高まり、いまや「もしトラ」から「確トラ」になったと語られている。トランプ氏の最大のアジェンダはMAGA(Make America Great Again:アメリカを再び偉大な国に)だが、そのカギはアメリカの覇権に挑戦する中国を抑え込むことにある。受諾演説でトランプ氏はこれまでの民主党攻撃を封印し、米国民の団結を訴えた。トランプ氏は中国の最恵国待遇の取り消し、対中輸入関税60%など対中抑止を前面に出している。

このように選挙戦では現バイデン政権が劣勢であるのとは裏腹に、米国の経済は好調である。5%という乱暴とも思われる利上げにもかかわらず、ほぼ完全雇用が続き、株価は史上最高値を更新している。経済失速の気配があれば直ちに大幅な利下げが可能であり、政策選択肢に恵まれている。

●習近平独裁の下、悪手を連発する中国

もう一方の世界覇権を伺っているスーパーパワー中国では、5年に一度の重要経済政策を決定する3中全会(第20期中央委員会第3回全体会議)が7月18日まで開催された。国有企業を柱にする成長政策、米中対立の激化の下で半導体など先端技術の国産化を加速すること、不動産・金融対策などが打ち出された。米欧などと一線を画す独自の発展モデル「中国式現代化」が謳われたが具体性はなく、共産党主導の下での経済政策の限界を垣間見せた。

中国経済は米国とは異なり、困難が深刻化している。消費者物価指数(CPI)はほぼ前年比0%、生産者物価指数(PPI)は 2023年以降マイナスが続き、デフレに陥りつつある。国家統計局が7月15日発表した4-6月期の実質GDPは前年比4.7%増と、1-3月期の5.3%から減速し、政府の年間目標5%を下回った。しかし、それでも不動産販売額が1-5月累計で前年比28%減と急収縮していること、消費指標である小売売上高が前年比2〜3%増にとどまっていることなどを考えると高すぎて辻褄が合わない。

中国統計局は今回GDP発表に際して、恒例の記者会見を行わなかった。「不動産投資の破綻から人口減少まで多くの逆風に見舞われているにもかかわらず、中国はどうやって5%の成長を実現しているのか。実際の成長率は恐らくこれより低く、もしかすると大幅に低いだろう」とウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は指摘している。中国が壮大な統計捏造に手を染め始めたとすれば、誰も経済実態が分からなくなっていくかもしれない。

●現状否認、弥縫策と問題先送り

中国が日本と同様の不動産バブルの崩壊、デフレ陥落という長期経済困難に陥りつつあることは明らかである。3中全会の声明には「不動産、地方政府債務、中小金融機関など重点リスクを抑える方針をしっかり実行する」と明記されたが、その具体策はなく、これまでの弥縫策と問題先送りが連発され続けることを示唆した。

そもそも習近平政権は不動産価格規制により価格下落を抑えることで、バブルそのものを否定している。日本の場合、地価はピークから8割下落して底入れしたが、中国の住宅価格は1割程度の下落にとどまっている。よって、統計上も企業財務上も日本で起きたような規模での不良債権は全く発生していない。その結果、恒大集団、碧桂園などの事実上の破綻企業が追い貸しによって生かされている。

当然のこととして住宅価格の先安観が定着し、不動産取引が激減しているのである。不動産需要を振興するために、ローン金利や頭金比率の引き下げ、代金前受け済みの未完成物件(保交楼)の完成のための不動産業者への融資拡大、売れ残り住宅在庫の政府買い取りと公的住宅への転用などが打ち出されたが、その規模は小さく焼け石に水である。

雇用不安が高まり、不動産価格の先安観が高まっている状況では、国民は消費を切り詰めざるを得ず、それがさらなる経済収縮を招いている。社会保険・年金未整備の中国では、唯一庶民が頼れるものは貯蓄のみなのである。

●患者が外科手術に耐えられないのか、共産党は外科手術をできないのか

1990〜2003年までの日本における不動産バブル崩壊と不良債権処理の過程では、公的資金注入に対する世論の批判が強く、金融構造改革が遅れ、経済の長期停滞につながった。これに対して中国は「独裁国家なのでバブル処理が迅速に行われる」という期待があった。しかし、中国は日本どころではない問題の先送りが連発されている。

習政権がそうした合理性のない悪手を採り続ける動機はどこにあるのだろうか。2つの理由が考えられる。

第一に、病状が深刻で患者は外科手術に耐えられない、のかもしれない。日本の不動産貸付はピークでGDPの2割程度であった。しかし、中国の場合、地方政府の別動隊である地方融資平台の債務残高だけでGDP比53%と日本の比ではない。更に地方政府は高騰した土地利用権を販売することで総収入の4割以上を稼ぎ、固定資産投資や産業補助金の原資としてきた。地価下落を認め土地売却収入が激減すれば、地方財政は成り立たなくなる。日本のバブル期以上に高騰した不動産価格を維持するしかないのだろう。

第二の可能性は、そもそも共産党体制が資本の規律がなじまないということである。日本の金融改革は、物件のキャッシュフローと資本コストにより公正な不動産価格評価を行うことから始まった。しかし、中国には資本コストで投資プロジェクトを評価するという慣習がない。恣意性が当たり前の党主導の行政において、資本の規律に従わせることは無理なのであろう。となると、ゾンビを生かし続けるしかない。

●活路「新質生産力」は中国を更に孤立させる

このように見てくると、不動産バブルが慢性疾患化し、患者は緩慢に衰弱し続けるほかはなくなる。ならば、中国経済の活路はどこにあるのだろうか。

3中全会の答えは、競争力が圧倒的に強いソーラパネル、電気自動車(EV)などのハイテク、グリーン産業などの「新質生産力」で世界市場を圧倒し続けるということである。しかし、それはバイデン政権のみならずトランプ氏も、欧州も拒絶する政策である。対中批判が高まり、中国は更に孤立せざるを得ない。

7月18日の二都物語は、米国の圧倒的優位を物語っている。

(2024年7月21日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン359号」を転載)